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〜会員企業の事例に学ぶ〜








 第12回目は、株式会社 田中電気研究所をご紹介します。


社 名 株式会社 田中電気研究所      →<http://www.tanaka-e-lab.com/>
設 立 1963年12月17日 (創業1949年)
資本金 2,500万円
従業員数 33名
DDM2001ダスト濃度計


 同社は、1949年創業、初代、田中貢氏の電力量計の標準検定装置の開発から始まり、計器試験装置、標準変成器、高低圧相回転表示器などの開発で多くの特許を取得し、電力会社、電気試験所に自社開発製品を納入等の実績を経て、1963年2代目研究所発足以来の工場長 田中登氏を代表取締役として、株式会社へ移行し、其れまでの試験装置類では納入先が限られている為、、下請け仕事とし大手電機メーカーから汎用電気機器の製造を受注するようになり、その後放射線測定器の電子機器モジュールの製造移管を受け、現在も工場の中心的仕事に行っています。

 そして、1992年3代目、田中敏文が代表取締役社長に就任し、今までの下請け製造工場主体の会社組織から少しずつ自社製品の開発を行いながら、会社の形態の変革を行っています。

 現在では、33名の従業員を抱え、、国内商社を経由し海外展開する等、

@ ダスト濃度計開発、製造、販売、保守サービス

A 放射線計測器製造受託(電子機器ハード、ソフト設計、製造、試験)

B プリント基板設計、製造

C 機器筐体設計、製造

4本柱で太く事業を行なっている同社、代表取締役 田中氏 に「下請けからの脱出」をテーマ に お話を伺いました。

             

                                                                               
                                                                             
 はじめに・・・
 当社の様な小さな企業が設立から47年間生き残ってきた過程を思い起こすと、そのほとんどが苦しい思い出ですが、いくつかのターニングポイントで出
会った人たちのお陰で今日存在している事に気が付きます。人と人との出会いを如何にまじめに対応するか否かで、その先の社歴或いは人生が決定付けられるという思いがしてなりません。


 ターニングポイント
 1984年に私が入社した時は急激な円高で会社は存続の危機にありました。1社依存の下請け仕事中心の業務で、42名いた社員を3年間かけて25名までにリストラを行ないました。
 更なる追い討ちとして昭和61年に台風による河川の氾濫で工場が水没し、2000万円以上の損害を被りました。この様な試練を受けたことが、1社依存の下請け体制を改め、数多くの会社からの受注により危険分散を考える切掛けとなりました。狡兎三窟(こうとさんくつ)の如く、賢いウサギは穴を3つ持つように 当社として分野の違う客先との取引を積極的に模索しはじめ、その一つに今後自社製品になり、会社の方向性を転換することになる「ダスト濃度計」の開発プロジェクトを持った会社との取引がありました。


  やりたい事への思いと、実際の経営とのバランス・・・
 当初ダスト濃度計の開発は客先であり、当社は製造技術を担当していました。折りしもバブル崩壊で事業のリストラにより、客先はダスト濃度計の営業権を全て当社に売却しました。
自社でダスト濃度計の再設計を実施した1993年から、当社は下請け工場でのもの作り中心の業態に、メーカーとして客先との交渉、機器調整作業を行なうことが加わりました。
しかしながら従業員にとっては未知の世界への船出であり、一人で会社の看板を背負って客先に行くだけの自信がありませんでした。その後10年以上社長である私自らが従業員を連れて全国へ出張し、ダスト濃度計の納入調整を行いました。現在ではようやく従業員だけで一通りの出張調整作業をこなせるようになりましたが、ここに来るまで18年が経過しました。社長の思いを実現するために90度違う方向を目指すには、「速やかなるを欲するなかれ」を心得として「焦るな」と言うことに尽きると思います。
会社&製品の強みと差別化・・・   
 当社は下請けとして大手電機メーカーから原子力発電所向け放射線計測器の電子機器部分を製造受託しています。約40年に亘る原発向け高品質なもの作りにより、当社の製造レベルは鍛え上げられました。この製造技術、品質保証体制を自社製品へ展開する事により、国内大手の電力会社、製鐵所、EPC会社(Engineering, Procurement & Construction)に採用される事が出来たと言えます。特に自社製品のダスト濃度計については、社長である私の計装調整技術員としての経験からメンテナンス性にこだわり、汚い排ガスの中でも汚れない検出器エアーパージ構造の開発、消耗品には客先が自ら購入できる汎用品を使う事で圧倒的安価なランニングコストを実現しました。ダスト濃度計とは、煙突から排出されるガス中のばいじん(粒子状物質)を連続的に測定し、大気汚染防止法で規制されている排出基準(mg/Nm3)を守る為に電気集塵機やバグフィルターの管理を行う目的に使用される相対濃度計です。
当社のDDM-2001型は電気部分が全く無い検出器を開発した事で、従来タイプでは不可能な高温、高圧など様々な環境下での測定が可能となり、当社のダスト濃度計しか活躍出来ない測定箇所が数多くあります。

  海外展開での苦労点・・・
 海外展開には国内商社経由で行なっている韓国、台湾、インドと、JETRO(日本貿易振興機構)の輸出有望案件発掘支援事業による直接貿易として現地商社と行なっているタイ、ベトナムがあります。いずれも日本の環境意識とさほど違いは無い国々ですが、国民性の違いにより「物事の進め方」に関しての経過時間は日本の比ではありません。また、相手国の技術代理店の活動に関して言えば、エンドユーザーに政府機関が多いために予算を遂行できる部門との関係の有無が重要ですが、その点がはっきりせずに時間、経費を浪費していると思われる事例が多いです。
打開策は・・・
海外取引の基本は文書によるやり取りであり、証拠を残す事にあります。面倒でもレターを作成し、レター番号を付けて電子メールに添付する事でエビデンスとしています。しかしながら、顔を見ないで行なう交渉になるので、文書作成能力が結果を左右します。そのため直接貿易の場合には、貿易実務に長けたJETRO専門家のアドバイスによって文書作成を行なっています。また、四半期ごとに現地代理店担当者から営業報告をさせる様な督促が欠かせません。こちらからの督促が無い限り、自発的に営業情報を報告してくる事は有り得ないと思っています。

  社員に求める事は、・・・
当社はもの作りの製造会社です。小規模会社であるが故に一人で複数の役割をこなして欲しいと思っています。間接作業は必要最小限に留め、直接作業員として売上に関わって欲しく、今までの下請け仕事中心の気持ちからメーカーとして責任を持つ社員になる様、会社として教育に力を注いで行きたいです。特にお客様など外部の方々の生の声を聞かせることで、メーカーとしての自覚を持たせたいと考えます。

   最後に・・・
 冒頭に述べた様に、これからも厳しい経営環境の中で会社の運営を行なっていく訳ですが、自分自身としては周りの仲間との関係を大切にしていきたいという思いです。
つまり、自分の会社だけが良ければいいのでは無く、お客さんに対する気持ちと同じだけ、お願いしている業者さんにも感謝する気を持ち続けることが大切と考えます。「止足の戒め(しそくのいましめ)」の如く、「足るを知れば辱められず、止まるを知れば危うからず」の気持ちを持って他人の利益も考えた企業行動を続けたいです。その様なことが可能になるのは、社員のみならず、栃木県産業振興センター、東京都中小企業振興公社、世田谷工業振興協会、JETRO、経営支援NPOクラブなど、私を助けて頂いている大勢の人たちが居られるお陰であり、この事をとても感謝しています。 これからは首都圏北部地域産業活性化推進ネットワークとの関係から何か別のフィールドを見つけることが出来れば「狡兎三窟が五、六窟」になり得ると考えています。
また、今回「下請けからの脱出」と言うテーマでは有りますが、、当社はあくまで下請けと自社製品のバランスを考えた経営を目指しています。最新の製造技術、品質保証は下請けをする事で大手電機メーカーから学び、そのアップデートされた技術を自社製品に展開して行く事が当社存続の道になるからです。